診療ノート|塩筑医師会

#43 検案

【塩尻病院 福澤 道夫】

平成28年3月17日、長野県臨床法医病理学会で「各地区における検案の状況について―塩尻地区」を発表しましたので、それを報告します。

塩筑医師会は1市5村(塩尻市、朝日村、山形村、筑北村、麻績村、生坂村)で構成されており、医師会員数は86名(H28.3.31現在)です。今回発表しました「塩尻地区」と言うのは塩尻警察署管内と言うことで、塩尻市と朝日村の人口合わせて約7万2千人が対象となる地域であります。塩尻地区に開業され、随時検案が可能である先生方は20~30名おられますが、現在検案の要請は警察に一任しており、どうしても依頼し易い医師に偏ってしまう傾向にあります。数年前、長野県医師会より各医師会へ検案体制の現状についてのアンケートがあり、当医師会としては今後1年後を目標に輪番体制がとれるように報告しています。

塩尻地区において今後大きな災害があるとするならば、糸魚川-静岡構造線の断層並びに連携すると思われる牛伏寺断層の地震であります。現在の推測では今後30年間以内の発生頻度は14~30%と言われ、全国で2番目に高い確率となっており、塩尻地区内だけでも数十人の死者が出る可能性があります。そこまでの大きな地震が発生しなくても、今年から「山の日」が制定され、長野県は観光や冬のスポーツ等で訪れる人が多く、今年も軽井沢のバス事故があり多くの死者が出ました。あってはならないと思っていますが塩尻は松本に隣接する「信州まつもと空港」もあり、航空事故も皆無ではないと思われます。

そのようなことを考えると、限られた先生だけではとても手が足りなくなる事は必至であり、全ての先生方の協力が必要となります。事実、31年前の夏、群馬県との境(御巣鷹山)で起きた日航ジャンボ墜落事故の時、渋川市に住む親友から「眼科医でも2日間も検案に行ってきた」と連絡がありました。大きな事故が無い事を願っていますが、万が一の時のためにも県医師会の臨床法医病理学会や、年2回の検案講習会が行われていますので、大勢の先生方に出席していただき検案の知識を更に深めていただきたいと思います。

私は、昭和50年に父が亡くなり塩尻へ帰って来ました。当時は院長先生が法医学で学位を取得したと言うこともあり、頻回に警察署に検案に行っており、司法解剖も数件ですがやっていたのを記憶しています。先生が留守の時は私が行きましたが、せいぜい年に3~4回でした。平成5年に先生が突然亡くなり、私の出番が多くなり年に20例前後検案していたと思います。

報告すると共に、平成26年に木曽の御嶽山噴火災害があり、7遺体を検案したのでその事について、又生涯初めての検案らしきものの経験と2~3の参考になるかもしれない症例について報告します。

平成15、16年度は警察の検視数は50件台でしたが、次第に増加し一番件数が多いのは平成25年の83件で、私の年間検案数も最も多く45件でした。問題なのは、最近救急搬送先での検案が多くなっている事です。調査出来た平成25年から次第に増加しており、本年(平成28年)も8月26日現在で40件を超す検視数の中で、既に50%を超えています。救急病院での検案は、もしその病院の医師が主治医であればいいのですが、そうでないと他の救急の患者さんや医師に大変迷惑になってしまいます。消防署に取材してみますと、松本広域の指令本部に119番が入ると塩尻に出動命令が入り、現場に行ってみると死後硬直があり完全に死亡していると思われるのは警察に連絡し引き渡す事になるが、多分亡くなっていると思われる症例でも、御家族の強い要請がある以上搬送せざるを得ないとの事でありました。管内の司法解剖例は多い年でも5~6件との事でした。Aiについては少ないですが徐々に増加してきております。

私のデータによると、平成20年代に入ってから一人住まい(孤独死)の人が多くなってきています。平成25年は車上生活者の人も含め6割近い人が孤独死でした。もちろん高齢者の人が多いですが、40~50代の人もありその6割が男性でした。

死因の中で一番多いのが自殺です。全国的に見ますと、この数年は3万人を下回り昨年は24025人と報告されています。長野県内では平成27年は少し減ったとは言え417人の自殺者が出ました。私が検案した自殺者は、高卒すぐの18歳の若者から一人住いの90歳の高齢者までいましたが、平均年齢をとると53歳前後で働き盛りであり、誠に残念としか言いようがありません。平成15年、18年、26年度は半数以上が自殺でした。年度によって多少違いますが手段としては圧倒的に縊頚が多く、次いで一酸化炭素中毒、他に抗精神薬や睡眠薬等による薬物中毒、列車への飛び込み、高所からの飛び降り等でした。平成20年の前半、硫化水素ガス発生が流行しましたがこの数年ありません。

自殺者の多くは何らかの精神的な病をかかえていて、中には精神科への受診歴や入院歴がある人がいました。年間の自殺者が減ってきたとはいえ、毎日何処かで約60人強が死を選んでいる事になり、これは人口の割合から言うと、日本は先進7ヶ国で最低の水準だそうです。
そんな事を踏まえて今年3月に自殺対策基本法の改正案が成立し、4月から施行されたそうです。今まで国と自治体が自殺を少なくする対策を考えてきましたが、今回の改正で市区町村にも対策・計画を義務づけたそうです。我が街塩尻市はどんな対策を考えたのでしょうか?

いずれにしても自殺を考えた人が、何とか未遂に終り再び生きたい、生きていて良かったと思えるような社会を、私達も応援しますので作っていただきたいと思います。

平成26年は木曽の御嶽山噴火災害があり、58名の死者と5名の行方不明者が出ました。検案のほとんどは木曽医師会会員の皆様の御努力で行われましたが、塩筑医師会も5名の医師を派遣することが出来ました。私は7遺体だけでしたが検案を経験する事が出来ましたので報告します。

私の取り扱った7遺体の直接の死因は全て噴石による多発外傷でした。一つの損傷だけでも致命傷となるものが多数存在していて、身体の正面から見ると意外ときれいで傷も少ないが、背側の方から見ると後頭部、肩、背部臀部、下肢にかけて致命傷となる大きな損傷が見られ、噴火を背にして必死になって逃げたであろうことが推測されました。

噴火したのが昼頃で食事時と重なり荷を下ろしていて何も持っておらず、本人確認に手間取った症例もありました。出掛ける時は何か身分証明の分るものを身に着けておくのも必要と思われ、下着に名前が書いてあり判明した遺体もありました。

より正確な死亡時間を記すために警察官と一緒に手持ちのカメラや携帯をチェックさせていただきました。画像を見ると盛り上がってくる噴煙を見事に撮らえているのが見られ、それも一人や二人ではありませんでした。画面の時刻は噴火後3~4分を示していました。写真を撮っている間に少しでも離れるとか、山小屋に飛び込むとか出来なかったのかと思いました。又山の下りの坂道、2~4分あったらどの位逃げる事が出来るものなのかとも思ってしまいました。

頭部や顔面を直撃され瞬時に亡くなった人もいれば、片足の膝窩部を大きく削られ、多分膝窩動脈の損傷・出血により(大腿部を手拭いで縛ってはあったが)徐々に意識が薄れていく中、家族に携帯で別れを告げていた人もいました。この症例は私の検案した遺体ではありませんでしたが、損傷はその1ヶ所だけでした。

検案した場所は木曽町にあった旧上田小学校(廃校)の体育館でした。多くの犠牲者が出た今回の場合、あのような広い検案場所があったのは良かったと思いました。しかしマスコミ対策とかで体育館の中は四方に暗幕が張られ、高い天井の電気と非常用の照明2機だけでは明りが十分とは言えず深夜になると更に暗くなり、全ての遺体は火山灰を被っているため、一応館外に作った網ベッド上で落としてくるものの館内は埃が充満し、通常我々が外来で使う程度のマスクでは不十分でした。

現場への交通手段は医師会より「タクシーで」と言われていたので利用したが、帰りの時間になりタクシーを呼んでも全てマスコミと遺族の関係者にチャーターされ帰りの交通手段を失った事、又2日目は検案業務が深夜~翌日にまでなると思わず、昼食(おにぎり2個)と水は持参したが夜になり食べる物は無く寒くもなり…。完全に準備不足でした。

何か事が起こって出動する際、それが自分の意志であろうが指示であろうが、全ては自己責任であることを肝に銘じなければならない事を痛感しました。

私が生涯初めて検案らしきものを経験したのは、昭和39年(1964年)新幹線開通・東京オリンピックの年でした。東京の大森にある友人の病院へ行った時、朝方警察から電話あり「検案をお願いしたい」と言われました。街の中にある普通の個人の薬局店で、その奥に四畳半の畳の部屋があり、炬燵の脇に中年の女性の遺体がありました。私はまだ新米の医師でしたので、ベテランの検死官は死因が絞殺であること、そしてその理由を丁寧に説明してくれました。確かに絞殺時に表れる遺体の状況は、学生時代法医学の講義で受けた内容と合致しており、典型的例と思われました。この事件は10年程後に聞いたところ、その時点では迷宮入りになっていました。

その後2~3年経った頃、大学病院勤務時代近くの外科病院(新宿歌舞伎町近辺)へ当直バイトに行った時、近くのラブホテルで男性が亡くなっているという検案が立て続けに2件あったのを覚えています。死体検案書の直接死因の欄に何と書いたかは記憶にありません。

私が過去に検案した中で、良く見て、遺体に触れて死因を確認できた2~3の症例がありましたので報告します。

1)20年程前、ある家から電話があり「おばあちゃんが亡くなってしまった。主治医の先生は日曜日で出掛けていて居ないので、先生に死亡診断書をお願いしたい。消防署にも電話したが亡くなっている人は運ばないと言われた」とのこと。とりあえず聴診器と懐中電灯を持って迎えの車に乗り行きました。朝になり見に行くと亡くなっていたとの事。既にきれいな着物に着替え布団の中に寝かせてありました。顔には白い布、頸には白いタオルが掛けてありました。白い布を取り額に手を当てると冷たく、呼吸もなく亡くなっているのは明らかでしたが、一応診るところだけはと思い帯を緩めさせ胸を開き頸のタオルを取りましたら索溝が見られました。改めて家の方に聞くと、梁に腰紐を掛けて縊頸した事を認め、警察に連絡し検案となりました。

2)同じ様な事案がありました。御家族から朝起こしに行くと布団の中で亡くなっていたとの事で、警察の方と一緒に検案したところ、やはり縊頸していた事実が判明しました。縊頸には頸部に残る索溝だけでなく、他に特徴的な所見があり、事実を隠そうとしても分るものです。

3)ある冬の昼過ぎ、80代の女性が台所で亡くなっていると連絡を受け現場に行きました。するとその遺体は私の患者でした。10年来血圧で通院していて、しかも数日前に診ていました。温和しく控えめでしたが、何か異常があれば必ず症状を話す人でした。当初は死因は頭あるいは心臓疾患ではないかと思いましたが、一応家の中を見させてもらいました。通常過ごす居間に行くと火鉢があり小さな網がかかっていたのが気になり、口腔内を見ましたが見える範囲には何もありませんでした。それでもどうしても気になり、喉頭鏡で見ますと声帯の奥にモチが詰まっていました。私が主治医であってその人柄を知っていたから解ったことだと今でも思っています。そういう面でも主治医が検案することは大事だと思っています。


どのような死因をつけるにしても、そこに臨場している検視官や鑑識の方々と十分な意見の交換をして、一致を見てから御家族に丁寧に説明し納得してもらうようにしています。納得が得られない場合は御家族の要請で解剖(実費)することが出来ます。

検案が発生した時、死者が生前受けていた診療内容等、情報の提供を警察から要請があった場合、医師及び医療機関は遺族の同意なくこれに応じても、原則として個人情報保護法には抵触しないという法律が平成25年に施行されましたので、先生方のところに問い合わせがあった時には是非協力をお願いします。

塩尻病院 福澤 道夫

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