診療ノート

#50 僻地の高齢者の消化器癌治療と診療状況

両小野診療所は小野地域の医療福祉に関する業務を行っている。今年4月からは小規模老健施設「きりとう」が開設され、満床で58人の管理業務も加わることとなる。
産婦人科認定医を取得後に科を変え、出身大学からも離れた自分には現在は特に専門と公言できる分野はない。全身管理の業務である。
ただ、定期に当診を受診する患者は高齢者が殆どである。高齢者は癌を含めて色々な疾患が同時に発生しやすい。自分が上部と下部の消化管内視鏡検査はいつでも出来る為、高齢で受診の手段がなく、専門を標榜する他の医療機関に紹介できず、自分が消化管検査を行うことが多い。当診で消化器疾患に対する種々の検査をして進行癌が発見される症例は多い。ここ1年余りの症例で印象深い3例を自分の反省も踏まえて記述する。

Aさん男性75歳、心窩部不快感訴えて当診で上部消化管内視鏡検査を希望した。胃体中部前壁則大湾に面を中央に形成した3cm径のⅡc病変「早期胃がん」があった。生検では印環細胞癌であった。希望で相澤病院に紹介した。相澤病院の田内先生からは多重胃癌で手術予定するとの簡易報告があった。変だなと思い、自分の上部消化管内視鏡検査を見直してみた。自分は挿入時に体上部後壁側の潰瘍病変を撮影していた。しかし、患者の嘔吐反応やⅡc病変に気を取られ、生検する前に最初の病変を確認することを怠っていて、もう一方の分化型腺癌の診断ができていなかった。老化で短期記憶低下しているこの頃の自分への警告と感じた。相澤病院で胃全摘出術後等を受けて、今は当診外来に元気に通院中である。

Bさん女性93歳、いろいろな病気があり、最近は認知症も進行していた。貧血があり、上部消化管内視鏡検査では異常なく、下部消化管内視鏡検査も予定した。ビンゴ!上行結腸に全周性の進行癌があった。長年自分が見ている患者「息子から嫁、孫、ひ孫迄自分がかかりつけ医」であり、他の医療機関に紹介するのも大変で、本院の富士見高原病院で手術とした。術後も高齢で管理が大変であったが何とか退院し、息子さんの自宅のある小野「本人も同じ小野に一人暮らしであった」に帰ってきた。その後、肺炎来し、COPD「慢性閉塞性肺疾患」があり肺炎併発し、呼吸不全となった。入院加療が必要で諏訪共立病院「孫の勤務先」にお願いした。諏訪共立病院での1か月間の入院加療で軽快退院した。90歳以上の高齢者は体力があるのだ。復活してくる。今も元気に通院している。

Cさん77歳男性、慢性疾患で、彼の妻と共に自分がかかりつけ医である。左膝関節手術を丸の内病院で受けていた。ゴルフも好きでエネルギッシュであった。急に痩せてきて黄疸が明らか、16列CT検査で胆管癌の診断をした。入院加療が必要で、本人の希望もあり丸の内病院に入院をお願いした。Y消化器科女医から、「当院では対応できません」との冷たい言葉・・・。かかりつけ病院で色々なデータも保管して問題ないと思い紹介したのに・・・またもや相澤病院にお願いして、今年1月に根治手術を受けた。平成30年2月28日には術後受診したが体重は8キロ痩せて以前の面影はない。しかし、眼は死んでいない。生への執着があった。暫くは付き合いが続くと気を引き締めた。

たった3例の掲示であるが、その他にも脳疾患・循環器疾患・呼吸器疾患等で僻地独自の問題を抱えた事例が多数ある。日々、綱渡りの勤務医生活である。
消化器内科において、当診では上部消化器内視鏡ファイバーは経鼻内視鏡含めて5本ある。下部消化管内視鏡ファイバーは2本ある。全てNBI装置「コントラストをつけて病変を認識しやすくする装置」はついている。本院から毎月第3土曜日に消化器内科医の小松修先生「副院長、塩尻市出身、群馬大学卒業」が来て、内視鏡検査も施行していて、好評である。
一方、その他の部門では、毎週月曜日午前中には整形外科医下川寛一先生、毎週火曜日午前中には泌尿器科医原田勝弘先生、月に1-2回木曜日午前中神経内科医井上憲昭センター長も勤務し好評である。