診療ノート

#19 航空身体検査指定医の仕事

若い頃は何よりも鉄道に興味をもっていた。1964年10月1日、東海道新幹線が運行開始をした。軌道巾は1435㎜交流2万ボルトで東京 新大阪間を4時間で走行した。それ迄は東京 大阪間は狭軌1067㎜直流電化最速の「こだま」で7時間30分を要した。ウン十年経過した頃興味は突然空へと移った。偶偶友人から航空身体検査指定医の資格を取ってもらえないかとの依頼が来た。

航空機は飛行機、滑空機、飛行船、回転翼の四種類有る。

航空機の種類

これ等の航空機を操縦する人(パイロット)、整備する人(整備士)を身体検査をするのが指定医の役目である。指定医になるには臨床経験5年以上、指定医になる為の講習を3日間受講することが義務づけられる。特に第3日目はシミュレーションによるヘリコプターか飛行機の実務試験を受けてその後に国土交通大臣から指定医と指定医療機関の二重指定書が交付される。操縦士のライセンスは3種類あり

(1)自家用操縦士免許

(2)事業用操縦士免許(遊覧飛行、遭難者救助、航空写真撮影等々)

(3)定期運行用操縦士免許(エアラインの機長)

で、(1)はアマチュア、(2)(3)はプロと区別される。このうち(3)
のエアラインの機長はそれこそ厳重なる身体の管理が課せられている。

目は
  1. 遠くを見て早目に危険を回避する
  2. 暗い機内でチェックリストを読み上げる
  3. 離着陸時の速い速度(大型機では250~300㎞/hにもなると言う。)
耳は
  1. 管制官との正確な交信(英語で)
  2. 機体の異常音の感知
  3. 機器の発する音の認識等

鼻は、異臭から火災の兆候を察知等々である。

内科は
  1. 血圧では収縮期血圧160㎜Hg以下、拡張期血圧95㎜Hg以下。よくある白衣高血圧と言われている人は適応外となる。
  2. 降圧剤の服用中の人は降圧利尿剤、カルシウム拮抗剤、β遮断剤 ACE阻害剤の服用は操縦が可能であるが他はダメ。
  3. 心電図検査で心房細動、調律異常、心室期外収縮はダメ、等々で規制が多々ある。

検査をする医療機関側に対しては国土交通大臣が指定した機器を使用することとある。

さてエアラインのパイロットは第Ⅰ種免許が必要で6ヵ月に1回身体検査が必要で国際空港が有る札幌、東京、名古屋、大阪、福岡にパイロットが集中しているので指定医もこれ等の都市に多数存在している。小生は旅客機用操縦士とは無縁で専ら防災ヘリ、ドクターヘリ、測量用ヘリ等の操縦士の検査をしている。

内科医では精神疾患のことがよく理解出来てないので精神科の講習時間は苦痛である。全人口の約1割が何等かの精神的疾患を有していると言う。精神的疾病が重要視される様になったきっかけは、昭和57年2月9日 日本航空350便墜落事故によるが同便は福岡空港発羽田空港行が着陸寸前に突如失速し滑走路手前の羽田沖に墜落した。事故の原因は操縦していたK機長の異常な操縦によるものと判明した。しかも同機長は前日に羽田発福岡行の377便に乗務しているが此の際にも異様な操縦をしていた事が判明し、精神鑑定の結果K機長は忘想型統合失調症と診断された。統合失調症は日本では1937年から2001年迄は精神分裂病としていたが2002年からは統合失調症とした。本症の発症時期は男性で15才~25才、女性では25才~35才にピークがあると言う。他に航空業務に支障を来たす精神神経系の疾患は気分障害、パニック性障害、外傷後ストレス障害、適応障害等がある。航空検査指定医には、前記の如き疾病についての症状があったか否かを所謂アナムネーゼに重点を置き問診をする様に指導されるが、本人は絶対にこの様な事は言わない。実際に事件、事故がおこって初めて判明する。陸でも空でも変りは無い。