診療ノート

#63 COVID-19ワクチンの正しい注射部位は

ワクチンの接種法には、1. 皮下接種 2. 筋肉内接種(以下筋注) 3. 皮内注射.  4. 経口接種(ロタウイルスワクチン,など) 5. 経鼻接種、の5種類があります。日本ではヒトパピローマウイルスワクチン(HPVワクチン、子宮頸がんワクチン)やCOVID-19に対するワクチンは筋注で行われています。一般に集団接種の場合、日本国内では筋注は三角筋内に注射をおこなっています。ワクチン後の有害事象は薬剤投与後に生じる健康上望ましくない出来事ですが、一般的に薬剤では、期待される作用以外の好ましくない作用を<副作用>といいますが、ワクチンの場合生体の反応を促すことを目的とすることから<副反応>という言葉が使われます。

ワクチンの副反応とは

全身的副反応:発熱、疲労感、倦怠感、頭痛、関節痛、筋肉痛、悪心・嘔吐、悪寒、迷走神経反射、アナフィラキシーショック、など)
接種部の局所反応:痛み、腫脹、発赤、熱感、しびれ、肩挙上制限、神経麻痺・障害、CRPS、SIRVAなど

SIRVA(Shoulder injury related vaccination)とは

SIRVAは2010年Atanasoffによって提唱された、三角筋へのワクチン接種後に生じる肩関節障害の総称です。一応接種後2週以上症状が持続する場合に使用されています。これは肩関節周囲炎、肩峰下滑液包炎、三角筋下滑液包炎、腱板炎などが生じた状態を指し、肩峰から30~50mm以内の筋注により生じやすいとされています。肩峰下滑液包は多くは三角筋下滑液包と交通しており、広義の肩峰下滑液包とはこの2つを併せていうこともあります。下記は肩関節周辺の滑液包を示しています。1型からⅣ型になるに従い、滑液包の面積は増大します。

Ⅰ型は極めて少なく、Ⅱ型が6割、Ⅲ型が0.5割、Ⅳ型が3割強を占めています。しかも、三角筋下滑液包は肩峰から5-6cmまでおよんでいる場合があるとの報告があります。一般的にこの大きさは身長と相関するとも報告されています。

SIRVA
文献11:井尻慎一郎. ワクチン筋注後の神経麻痺とSIRVAの予防と治療. 医事新報社. 2022より引用転載

当院での神経損傷とSIRVA

当院では経験した神経損傷と思われる例は橈骨神経損傷疑い1例、SIRVAは3例ですがいずれも保存療法で軽快しています。SIRVAの概念を知る以前は、注射後に肩の痛み、発赤、熱感、可動域制限をきたす例が多いという漠然とした印象でしたが、五十肩様の痛みや運動制限が2週以上、場合によっては数ヶ月にわたって持続するのがSIRVAです。
注射部位の検討 2021年6月医師会では予防接種開始時には注射部位は肩峰から3QFB(3横指;約5cm)下とされましたが、すぐに日本プライマリ・ケア連合学会予防医療・健康増進委員会ワクチンチームの、Nakajimaらの文献に基づいた仲西の提案による前腋窩線と後腋窩線のそれぞれの頂点を結ぶ線と肩峰から下ろした垂線の交わる点を接種部位と推奨しました。これが実際の注射を行う医師会関連機関の看護師・准看護師のどれほどに徹底されたかあるいは実施されているかは不明です。

おこりうるSIRVA:先に述べましたように三角筋下滑液包は身長に相関して広がっている可能性があり日本プライマリ・ケア連合学会予防医療・健康増進委員会ワクチンチームの推奨する注射部位が必ずしも適当かどうかはわかりません。

おこりえる神経障害:①腋窩神経障害 腋窩神経は第5,6神経根に由来し肩関節の後方小円筋・大円筋・上腕三頭筋・上腕骨の4つで囲まれるQuadrilateral spaceを通過して、上腕骨の後方から外前方をほぼ水平に前方に向かって後上腕回旋動脈とともに三角筋の裏側を走行しています。

文献11:井尻慎一郎. ワクチン筋注後の神経麻痺とSIRVAの予防と治療. 医事新報社. 2022より引用転載

佐藤は日本人男性遺体から腋窩神経は肩峰から約50-60mm下方を走行し、前方に行くに従ってやや上行すると報告しています。一方井尻は後上腕回旋動脈をメルクマールに超音波ドプラー検査から肩峰から後上腕回旋動脈までの距離は約50mmであり、さらにMRI検査での結果肩峰から後上腕回旋動脈までの距離の平均値は58.8mmであった、と報告しています。もし腋窩神経を損傷すると肩関節の外転障害と三角筋部上の皮膚の知覚障害を呈します。

②橈骨神経障害 橈骨神経は大円筋と上腕三頭筋長頭と上腕骨からなるspaceからでて上腕骨後面を通ってらせん状に肘の上腕骨外顆前方に走行します。橈骨神経の運動枝は前腕や手指の伸筋群を支配するためこの障害では指や手関節の背屈障害がおこります。知覚枝は上腕後面橈側、前腕後面橈側、手背側の母指と示指を支配しますので、橈骨神経障害では母指と示指の背側指間部の橈骨神経固有域の知覚異常が生じます。

望ましい注射部位は:井尻(2022)は三角筋への筋注は体格に応じて肩峰から75-100mm下方の間に行うのが安全としています。注射施行者の非利き手の4QFB(4横指)の幅が約70mmであれば、被接種者の身長が低ければ肩峰から4QFBの、さらに約5mm下方(つまり肩峰から75mm下方)、中肉中背であれば4QFB(4横指)の10-15mm下方の肩峰下80-85mm、高身長であれば4QFB(4横指)から約30mm下方の肩峰下100mmの位置に注射をすればよいとしています。

参考文献

1) 井尻愼一郎:医事新報.2019;4991:55-56
2) Nakajima Y. et al:Hum Vaccin Immunother.2020;16(1):189-96
3) 日本プライマリ・ケア連合学会予防医療・健康増進委員会ワクチンチーム,製作・監修:新型コロナワクチンより安全な新しい筋注の方法 2021年3月版,2021
4) 奈良県立医科大学附属病院臨床研修センター:筋肉注射マニュアル.2021
5) Atanasoff S. et al:Vaccine.2010;28(51):8049-52
6) Starkman E:What is SIRVA? WebMD.2021
7) 石野辰夫:新潟医会誌.1973;87(7):311-8
8) 仲西康顕,他:中部整災誌.2021;64(1):1-9
9) Vahlensleck M:Eur Radiol.2000;10(2);242-9
10) 佐藤達夫:根拠がわかる注射のための解剖学.インターメディカ.2021,p96-110
11) 井尻愼一郎:ワクチン筋注後の神経麻痺とSIRVAの予防と治療.医事新報社,2022