診療ノート

#62 高血圧診療

はじめに

日本人の塩分摂取量は1960年代をピークに減少傾向となり、2016年の国民健康・栄養調査結果では、国民一人当たり平均9.9g(男性10.8g、女性9.2g)となっている。塩分摂取の減少に伴い、日本人の平均血圧が低下し、脳卒中死亡率が減少していることは紛れもない真実だが、国の目標とする塩分摂取量8.0g未満、高血圧学会の推奨する塩分摂取量6.0g未満、WHOの推奨する塩分摂取量5.0g未満には遠く及ばない。
 一方、長野県は全国一の長寿県であるが、3大死因についてみると、悪性腫瘍と心疾患の死亡率が全国トップクラスで低いのに対し、脳卒中死亡率は男女とも全国ワースト3に入っている。このことは長野県民の塩分摂取量(男性11.2g、女性9.5g)が全国平均より多いことに起因していると考えられ、減塩の推進と、厳格な血圧コントロールが長野県民の更なる平均寿命延伸に寄与するものと思われる。

疫学

本における高血圧有病者は4300万人であり、この中で治療を受けているのは約60%で、そのうちの約半分は治療が不十分とされている。未治療者40%の中で1/4(全体の10%)の患者は高血圧症であることを認知していても治療を受けておらず、3/4(全体の30%)の患者は自分が高血圧であることに気が付いていない。
 血圧レベルと脳心血管病リスクの間には正の相関がある。血圧レベル120/80mmHg未満で脳心血管病死亡リスクが最も低いことが、日本人を対象とした研究でも示されており、140/90mmHg以上の場合、20年後の累積死亡率は50%に達するとの報告もある。

血圧測定と評価、診断

高血圧の診断には正確な血圧測定が不可欠であるが、診察室血圧のみで血圧を評価することは困難である。最近では多くの家庭で自動血圧計が普及し、家庭血圧測定が容易となっているが、家庭血圧は白衣現象を排除し、再現性、薬効評価、季節変動の評価などで最適とされる。測定条件は朝(起床後1時間以内)で排尿後、朝の服薬前、朝食前および晩(就寝前)の2回が必須とされているが、就寝前の血圧は食事、飲酒習慣、入浴などによっても左右されるため、欧州では夕食前の血圧測定を推奨している国もあるらしい。
 高血圧は診察室血圧と家庭血圧のレベルによって診断されるが、両者に格差がある場合は家庭血圧による診断レベルを優先する。そして、治療開始にあたっては、高血圧以外の脳心血管病の危険因子を評価し、リスクの層別化を図ることが必要である。JSH2019(高血圧治療ガイドライン2019)では予後影響因子として、血圧、年齢(65歳以上)、男性、脂質異常、喫煙、脳心血管病の既往、非弁膜症性心房細動、糖尿病、蛋白尿を有する慢性腎臓病が示されており、JSH2014と比較すると、男性、非弁膜症性心房細動が新たに追加された。

表1

高血圧の治療

血圧治療の目的は、高血圧の持続によってもたらされる脳心血管病の発症・進展・再発の抑制とともにもたらされる死亡を減少させること、また、高血圧者がより健康で高いQOLを保った日常生活ができるように支援することである。単に血圧を下げればよいのではなく、高血圧患者のリスクや合併症を評価し、それぞれに合った降圧目標を設定し、総合的に治療に取り組むことが求められる。JSH2019では、高値血圧(130~139/80~89)であっても、高リスクであれば薬物療法の開始を考慮するべきとされている。

表2

生活習慣の修正

減塩、適正体重の維持、運動療法、節酒、禁煙、野菜・果物を中心とした食事など、生活習慣の修正により一定の降圧効果が認められている。一方、高血圧に関する特定保健用食品については、降圧効果を有する成分が含まれてはいるが、降圧薬の代替品とはならず、過度な降圧効果を期待しないよう説明するとともに、摂取については積極的には勧めないとされている。

薬物療法

血圧レベルが高いほど生活習慣の修正だけでは十分な降圧が得られず、薬物療法が必要となる。降圧薬で血圧を低下させることで脳心血管病の発症を予防できることが示されており、この効果は降圧剤の種類によらず、降圧度の大きさに比例する。第一選択薬としてCa拮抗薬、RAS阻害薬(ARB、ACEI)、利尿薬が推奨されており、これらを、少量から徐々に増量、併用などして目標とする血圧値まで低下させる。3剤併用で十分な降圧が得られない場合を治療抵抗性高血圧と定義し、βもしくはα遮断剤やMR拮抗薬を使用する。

当院における高血圧診療の実際

10年以上前に高血圧治療を目的に当院を初診で受診し、投薬を開始した患者さんについて調べたところ、Ⅲ度高血圧、リスク第3層の患者さんがそれぞれ50%程度で、ともに満たしていた患者さんが25%であった。すなわち、よっぽど悪くならなければ患者さんは治療を希望しない。高血圧治療において最も困難だと感じていることは、自覚症状のない患者さんに治療を継続させることである。そのために高血圧治療の目的、家庭血圧測定の意義、生活習慣の修正方法など説明しプリントも渡しているが、一生降圧薬を内服しなければならないかもしれないことに抵抗感が強く、初診で投薬を希望する患者は半分にも満たない。基本的には患者さんが自発的に服薬を希望しない限り投薬はしないので、このような患者さんには家庭血圧の測定と1か月後の受診を指示しているが、そのまま脱落してしまう患者さんも少なからずいる。
 初診の高血圧患者さんには胸部レントゲン撮影、心電図、検尿はルーチンで検査をしている。これは、現在存在している臓器障害を把握するとともに、今後の変化を確認するための貴重な資料となる。さらに、糖尿病や脂質異常症など他のリスクファクター評価のために血液検査も施行するが、比較的若年者や短期間で急激に血圧が上昇した患者さんには二次性高血圧を除外するため各種ホルモンも検査するようにしている。二次性高血圧の中でも比較的頻度の高い原発性アルドステロン症は有病率5-15%と報告され、当院でも年間5~10人程度は原発性アルドステロン症を疑い信州大学代謝内分泌・糖尿病内科に紹介し精査していただいている。診断が確定し手術によって降圧薬を服薬しなくてもすむような患者さんは多くないが、低レニン高血圧であればMR拮抗薬が奏功するので、第一選択薬でなくても治療開始早期から使用するようにしている。原発性アルドステロン症では低カリウム血症が特徴的所見とされているが、実際にカリウム低値となる症例は多くないので、通常の治療で血圧コントロールに苦慮しているような症例ではレニン、アルドステロンの測定を推奨する。脂質異常、糖尿病、慢性腎臓病など合併し、高リスクと考えられる症例には頸動脈エコーを実施し、プラークが認められれば大血管評価のため冠動脈CTや頭部MRIも検査可能な病院に依頼している。脳血管の情報は降圧目標値決定にも重要な情報となる。
 投薬に関して、第一選択として使用する薬剤は圧倒的にARBが多い。作用時間が長く、副作用も少ないことが最大のメリットであるが、配合剤も豊富で増量、追加もしやすい。同じRAS阻害薬のACEIは虚血性心疾患に対するエビデンスが確立されており、病院からの紹介患者に投与されていることが多いが、ARBに比較して作用時間が短く、降圧効果が弱い印象がある。また、咳嗽の副作用のため忍容性のない症例も認められる。
最近はCa拮抗薬を第一選択で使用することは少なくなったが、原発性アルドステロン症を疑う場合には、紹介することも考えてホルモン分泌に影響の少ない長時間作用型Ca拮抗薬を第一選択としている。主要降圧薬の中では降圧効果が最も高く、ARB同様副作用が少ないことが頻用される理由であるが、アムロジピン増量による浮腫やニフェジピンによる歯肉肥厚などの副作用も経験している。
利尿剤を第一選択薬として使用することはほとんどないが、夜間頻尿や早朝高血圧を認める場合に少量(半錠程度)追加使用すると改善する場合がある。利尿剤というと頻尿を心配して患者さんが服薬しない事もあるため、患者さんには尿と一緒に塩分を排泄する薬と説明するようにしている。利尿剤は食塩感受性の高い多くの高血圧患者に有効だと思うが、高尿酸血症と低ナトリウム血症など電解質異常の副作用があり、処方した場合は次回診察時に腎機能を検査するようにしている。また、飲酒習慣のある症例には使用しづらいことが難点である。

JSH2019でβ遮断剤は第一選択薬とはされなかったが、頻脈傾向や不整脈のある患者、心不全患者には積極的に使用している。降圧効果を期待する場合にはαβ遮断剤であるカルベジロールを、心不全や頻脈に対する効果を期待する場合にはビソプロロールを使用することが多い。
 今から30年以上前、研修医のマニュアル本には高血圧で緊急受診した患者の対処法として、ニフェジピンの舌下が記載されていた。現在、この処置は脳梗塞を誘発する可能性があるため禁忌とされている。一過性高度の血圧上昇例において進行性臓器障害がない場合は特殊な疾患を除いて降圧治療の対象にはならないとされており、一過性の血圧上昇を主訴に夜間などに電話があった場合は、脳梗塞や心筋梗塞の兆候がないことを確認し、安静のみを指示している。白衣高血圧の顕著な症例や血圧変動が激しい場合などに抗うつ薬を使用すると安定した血圧コントロールが得られることも多い。
 服薬アドヒアランス不良の原因として最も重要なことは2回以上内服することであり、他には若年であること、仕事をしていることが指摘されているので、投薬回数はできる限り1日1回とし、配合薬を使用することにより内服する錠数をなるべく減らすようにしている。また、飲み忘れた場合には食事に関係なく、気が付いた時点ですぐ服薬するように指導している。

最後に

人間にいちばん近いとされるチンパンジーは野生状態では高血圧にならないが、飼育下で高塩分食を負荷すると100%高血圧になるらしい。
毎年、夏になると熱中症予防のために、水分とともに塩分を摂取するようにと推奨される。高温多湿な日本と他国とを単純に比較はできないが、我々日本人はすでに世界標準の2倍近い塩分を摂取している。当然と思っていることについても、疑問を持つことが大切である。自然豊かな信州にはサル、シカ、クマといった様々な野生動物が共存しているが、彼らが夏になると多量の塩を舐めているなどといった話は見たことも聞いたこともない。